2012年3月16日金曜日

【清水和夫メールマガジン】第4号 アーカイブス 2011.2.10

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
清水和夫メールマガジン~自動車大航海時代~

2011年2月10日 第4号
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ShimizuKazuo.com/Startyourengines.jp
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
※このメールはStartyourengines.jpにご登録の会員に送信しています。
================================================

日本こそコンパティビリティ

================================================

1998年10月、日本の軽自動車が再出発しました。日本の国民車構想のもと発展してきた軽自動車の大きさが、衝突安全のため大幅に見直されたのです。海外ではその前年、1997年にメルセデス・ベンツの小型車Aクラスが革新的な安全コンセプトを持って登場しました。そのコンセプトとは前号のメールマガジンでも取り上げましたが「コンパティビリティ」(Compatibility、共生)という概念です。クルマの大きさ(硬さや形状)の違いから生じる衝突安全の格差を解決する画期的なコンセプトでした。

当時、日本では軽自動車の安全性が議論されていました。小型車よりも緩い基準が軽自動車ドライバーの安全性を軽んじていると問題視されたのです。小型車と同じ基準にするべきかどうか、自動車業界で大きな議論となりました。その結果、新しい軽自動車は衝突安全性を小型車と同じ基準にするべく、長さ3.40m、幅1.48m(高さは変わらず2.00m)となり、1990年1月に改定された時の長さ3.30m、幅1.40m(高さ2.00m)と較
べ、ひと回り大きくなりました。これでようやく前面と側面衝突に対応できるボディとなったわけです。ちなみにエンジンの排気量は1990年の規格改定時と変わらず660ccだったので、クルマの重量が増したぶん軽自動車の燃費は小型車よりも悪くなってしまいました。

話はそれましたが、この新規格によって軽自動車の安全性が飛躍的に高まりました。日本の自動車産業の技術水準の高さを用いて、エアバッグやプリテンショナーベルト、ベルトフォースリミッターなどの安全装備が軽自動車にも普及したことで軽自動車のイメージは大きく変わりました。それまで軽自動車のイメージは「安かろう悪かろう」でしたが、安全性が小型車と変わらないことを国が認めたのですから、安心して軽自動車を買う人が増えたのです。実際に
安全性は高まり、多くの人命を交通事故から救うことができました。

しかし、これで軽自動車の安全性が高まったと喜んではいけません。課題は二つありました。

第一に日本の前面衝突安全基準が、試験車全面をコンクリートの壁に50km/hでぶつける「フルラップテスト」しか行っていないことでした。日本はアメリカの法基準を採用したのですが、欧州ではフルラップに代わって前半分のみ衝突させるオフセットテストが法基準として制定されていました。それぞれのテストは目的が違い、オフセットはキャビンの生存空間を評価するテスト法で、フルラップはシートベルトやエアバッグなどの拘束装置を評価するテス
ト法といえます。二つのテストは同じように見えますが、物理学ではまったく異なる特性を求めています。

フルラップでは柔らかいボディのほうが良い成績を得やすいのですが、いっぽうのオフセットは硬いボディが有利です。しかし現実社会の衝突事故を考えるとエンジンルームを柔らかくしてエネルギーを吸収し、キャビンは生存空間を保つために、硬く設計することが求められます。つまり両方のテストが必要なのです。特に軽自動車は自分よりも大きなクルマとぶつかるケースが多いので、キャビンだけではなく車体全体を硬くする必要があるのです。

もう一つの課題は、大きなクルマと小さなクルマの衝突で、どのように乗員の傷害を平等にするのかという課題でした。この課題を前述のコンパティビリティで解決すべきなのです。軽自動車が存在する日本こそ、自動車メーカーにとってチャレンジしがいのある技術課題といえます。

衝突事故では本来大きなクルマが有利ですが、コンパティビリティ・コンセプトを採用することで、小さなクルマのエネルギーを吸収できる柔らかいボディを大きなクルマが持ち、双方の被害を低減できるのです。クルマの大きさ、重さ、形状、硬さの違いをコントロールすれば、小さなクルマを守ることができるのです。大きなクルマがやみくもに安全性を高めるべく、どんどん大きくなると、小さなクルマへの加害性は増すばかりです。衝突テストではフルラップとオフセットの両方を行うことが最低限の条件であり、その上で大きなクルマがコンパティブルでなければ軽自動車に安心して乗ることはできません。

しかし、私がその意味を完全に理解したのはそれから4年後の2002年の7月でした。北陸自動車道路のサービスエリアで休憩していると、そこに軽トラックの事故車が運ばれてきました。フロントの左側が大きく潰れていたのですが、幸い助手席には人は乗っていなかったようです。ドライバーも大けがを避けることができたようです。しかし、潰れた軽トラックを目の前に、私は言葉を失いました。なぜなら自分を守るフレームがほとんど無傷で残っていたか
らです。

相手のクルマは不明ですが、軽トラックは下側のフレームはそのまま形が残り、上屋のキャビンだけが大きく潰れていました。この軽トラックのフレームに相手車のフレームがぶつからないと、エアバッグのセンサーも作動が遅れ、なによりもエネルギー吸収できないまま、キャビンが大きく変形してしまうのです。後に相手のクルマは大型のSUVであったことが判明したのですが、コンパティビリティを追求しなければ、2トン近い重さでバンパーの位置が高く、しかも硬いフレームでできたSUVとぶつかった軽トラックは見るも無惨な結果となるのです。

この時、コンパティビリティ・コンセプトを考案したメルセデス・ベンツの安全担当責任者であるインゴ・カリーナさんにインタビューしたことを思い出しました。カリーナさんはインタビュー冒頭に「メルセデスの安全の三種の神器は、3点式シートベルトとオフセット対応ボディ、そしてコンパティビリティ」と断言したことを今でも鮮明に記憶しています。「どんなに衝突安全の成績が優れていても、実際の事故では実験室のようなわけにはいかない」という
のがカリーナさんの主張であり「ぶつかる相手は様々な大きさ、硬さ、形状をもっており、大きくて、重くて、バンパーの位置が高いSUVとぶつかればメルセデスのSクラスでもリスクは高まるのです」としめました。

Aクラスはメルセデスのなかでもっとも小さなボディなので、いくらAクラスを安全に作っても相手次第ということが気になっていたのです。この小型車を作ったことでメルセデス・ベンツが目覚めたといえるかもしれません。そして軽自動車が多く存在する混在交通を持つ日本こそ「コンパティビリティ的安全思想」はかならず必要であると思ったのです。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Startyourengines.jp最新映像
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【DST#017】ポルシェ・カイエンS vs ランドローバー・レンジローバースポーツ5.0 V8 / PORSCHE Cayenne S vs LANDROVER Range Rover Sport 5.0 V8(12分46秒)
http://www.startyourengines.jp/dst/2011/02/017.php

ダイムラーの次世代への取り組み ヘルベルト・コーラー博士 / Daimler AG Prof. Dr. Herbert Kohler(9分4秒)
http://www.startyourengines.jp/video/2011/01/002417.php

LOVECARS! SUMMIT 2010 @袖ヶ浦フォレストレースウェイ / LOVECARS! SUMMIT 2010 in Sodegaura Forest Raceway(5分57秒)
http://www.startyourengines.jp/video/2011/01/002436.php

Wheel Talk! 第18回「急速に拡大しつつあるアジアの自動車市場で日本自動車産業はどうあるべきか?」(66分9秒)
http://www.startyourengines.jp/video/2011/01/002438.php

第11回コッパ・デッレ・アウトストリケ体験記 -密着編- / 11a Coppa Delle Auto Storiche 2010(8分28秒)
http://www.startyourengines.jp/video/2011/02/002435.php

スバル・フォレスターにもtSが登場! / SUBARU Forester tS(7分55秒)
http://www.startyourengines.jp/video/2011/02/002440.php

JNCAP自動車アセスメント試験 歩行者脚部保護性能試験2011 / Japan New Car Assessment Program(3分28秒)
http://www.startyourengines.jp/video/2011/02/002441.php

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━