清水和夫メールマガジン~自動車大航海時代~
2011年2月25日 第5号
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ShimizuKazuo.com/Startyourengines.jp
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ポルシェのスーパーカー、カレラGT誕生秘話
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ルーブル美術館の発表会
2000年9月、私はパリオートサロンに参加するためコンコルド広場の近くにあるホテルに滞在していました。
当時は世界的なITバブルで高級車が飛ぶように売れ始めた頃でした。「環境」か「エゴ」かの選択を強いられる自動車メーカーは分岐点に立っていたといえます。
ホテルの部屋のベルが鳴りました。コンシェルジュがポルシェからの招待状を届けてくれたのです。「明朝6時にルーブル美術館でお会いしましょう」。カレラGTの発表会の案内でした。ルーブル美術館に早朝6時にプレスを集めるとは大胆な試みだと思いましたが、しばらくして1984年10月のパリサロンで発表されたフェラーリ・テスタロッサがパリの有名なキャバレーで開催されたことを思い出しました。
カレラGTはポルシェにとって959以来の久しぶりのスーパーカーです。「カレラGTは917の生まれかわり」という人がいます。1971年にルマンを完全制覇したポルシェ917は水平対向12気筒を搭載するモンスターマシンでした。水平対向6気筒エンジンを二つ直結して開発された水平対向12気筒は、紛れもなく当時のレースエンジンの常識を覆す秀作でしたが、この時に発表されたカレラGTは917に匹敵する大きなエンジンを搭載していまし
た。68度バンクの5.5リッターV10エンジンをカーボンモノコックの中央に配置するミドシップレイアウトは、カウル付きのF1と呼べました。
しかし、その背景には紆余曲折の末の出産という裏話があったのです。
カレラGTはルマン24時間レースで勝つために開発されました。1990年代後半のルマン24時間レースで活躍したポルシェのレーシングカーといえば911GT1/LM98。水平対向6気筒ツインターボをミドに搭載する本格的なレーシングカーでしたが、レギュレーション変更でその戦闘力が危ぶまれていました。そこでポルシェは次期ルマンカーのベースとなるスーパースポーツカーを開発し、ルマン24時間レースでデビューさせる計画をもっていました。
ところがポルシェの社主であり、当時多大な影響力を持っていたフォルクスワーゲンのピエヒ会長の意向でその計画は白紙に戻されました。ピエヒ会長は、ポルシェ創業者の直系の孫であり、1971年のルマン24時間レースでポルシェ917を優勝に導いたチーム監督だったのに、なぜでしょう? これは当時、フォルクスワーゲングループのアウディとベントレーもまた、ルマン24時間レースに参戦する計画が進められていたため、それらに対してカレラGTはあまりにも強敵となってしまうことを恐れ、ポルシェが辞退したと言われています。
カレラGTはルマン24時間レースにデビューする機会は失われましたが、しかし、ポルシェのヴィーデキング社長は、カレラGTを幻のスーパーカーに終わらせないようにビジネス路線をスイッチしたのです。ヴィーデキング社長は、まもなく生産を開始するカイエンために作られた近代的なライプツイッヒ工場で、カレラGTを生産する構想を打ち立てました。
話を発表会当日に戻しましょう。早朝6時、雨の降る中まだ薄暗いパリの街並みを抜けてルーブル美術館に向かうと、多くのプレスが冷気に包まれた会場に集まっていました。しかし会場はカレラGTへの高まる期待で雨空を吹き飛ばす熱気に溢れていました。私も固唾を呑んで見守る中、アンヴェールされたカレラGTは流麗なプロポーションで、レーシングカーの生まれ変わりとしては、あまりにもエレガントなスタイルを持っていると感じました。
V10エンジンをカーボンモノコックのミドに搭載するカレラGTは、今までにないほど革新的なレーシングカーでした。当時の常識を打ち破るほどのパフォーマンスはサーキットでも、最高のパフォーマンスを発揮してくれそうでした。この時に発表されたV10エンジンは従来のフラット6エンジンより20kgも軽い165kgと発表されました。5.5リッターという排気量はルマンのレギュレーションから決められたものでした。しかし、前述のとおりこのレーサーモデルのカレラGTはルマンで姿を見ることはできませんでした。
ジュネーブでの再会
パリサロンでデビューしたカレラGTはプロトタイプでしたが、2003年のジュネーブショーで本格的な市販モデルとしてふたたび登場しました。外観はパリサロンで登場したプロトタイプとほとんど変わりませんが、ルーフを取り外すことのできるタルガトップが新鮮に写りました。
V10エンジンはボアピッチを2mm拡大した98mmに変更することで、排気量は5.5リッターから5.7リッターに拡大されました。そして量産エンジンとして様々な耐久性を与えたことで、エンジン重量は214kgとなりました。最高出力612ps/8000rpm、最大トルク600Nm/5750rpmはスーパーカーと呼ぶにふさわしい内容でした。
ホイールベースはプロトタイプが911GT1/LM98と同じ2700mmでしたが市販モデルは2730mmとなり全長も大きくなりました。これに関しては「市販モデルなので衝突安全などを考え、フロントのクラッシュ・ボックスを延長した」というのがポルシェの答えでした。ほかにも重量がプロトタイプよりも130kg重い1380kgとなるなど、一般道を走るために様々な変更が施されました。しかしタイヤは左右非対称のユニークなパターンを
持つミシュラン・パイロット・スポーツが採用され、フロントが265/30R19、リヤが335/30R20という当時としては驚異的なサイズが与えられました。さらにホイールはレーシングカーと同じセンターロック方式だったことにも驚きました。
ポルシェはタイヤメーカーにどんな性能を求めたのでしょうか。ミシュランによると、カレラGTの厳しい要求は高速耐久性から始まったといいます。誰がアウトバーンで330km/hで走り続けるかわらないので、400km/hレベルの高速耐久テストは入念に行われたそうです。
ダイナミクスは妥協せずにかつ安全性を高め、しかも乗り心地も重要な課題だったそうです。これらはタイヤメーカーにとって非常に厳しいハードルといえます。しかし、ミシュランはそれを乗り切ったのです。
プロトタイプはエンジンがカーボンモノコックに直接ボルト留めされていましたが、市販モデルは振動を考慮し、サブフレームを介して結合されました。またプロトタイプでは縦置きだったギアボックスは横置きに改められ、カーボン・セラミックで作られる超軽量小径化されたPCCC(ポルシェ・カーボン・コンポジット・クラッチ)により、極めて低い位置に置かれました。
ロードカーとしてのカレラGTの開発コンセプトは低重心を徹底させることでした。低重心はダイナミクスを高めるだけではなく、乗り心地にも効果的なのです。低重心のこだわりは往年の名車917へのリスペクトともいえます。さらに車体はベンチュリー効果を狙った車体床面のアンダーカウルが装着されました。空力特性もカレラGTのもう一つの重要なコンセプトでした。結果としてカレラGTのスタイリングは911GT1とは異なりますが、ボンネット
やテールの処理に市販モデルの911のイメージを抱くことができます。
ニュルブルクリンクで示した実力
私がカレラGTの走る姿を初めて見たのは、ドイツのニュルブルクリンクでした。テストの聖地ともいえるこのコースで、明らかに他のクルマとは異なるエキゾーストサウンドを聞かせてくれました。V8よりもかん高いエンジン音はカレラGTの存在感を示すのに充分な役割を演じていたといえます。
ニュルブルクリンクで耐久テストを行っていたカレラGTのステアリングを握るのはポルシェ社のベテラン・ドライバーでした。レーシングスーツではなく、作業用のつなぎを着たそのドライバーは、与えられたテストメニューをコツコツとこなしていました。耐久テストといっても北コースを8分フラット前後の速いラップタイムで周回を重ねており、そのポテンシャルは他を圧倒していました。
完成したカレラGTの速さは元WRCドライバーとして著名なワルター・ロールのドライブで証明されました。北コースで7分33秒を記録したのです。コーナーリングの最大横Gはバンクのついたカルッセル・コーナーで1.45G。最高速度は緩い上りのストレートで294km/hをマークしました。ライバルのマクラーレン・メルセデスSLRは7分43秒、ポルシェGT2(996モデル)が7分46秒くらいで走っていたことを考えると圧倒的な速さを
理解していただけるでしょう。ドイツの自動車雑誌のテストでも7分40秒を記録しており、ニュルブルクリンクの最速ラップホルダーとなったのです。
(つづく)
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