2012年3月10日土曜日

【清水和夫メールマガジン】アーカイブス 2011.1.25

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清水和夫メールマガジン~自動車大航海時代~
2011年1月25日 第3号
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ShimizuKazuo.com/Startyourengines.jp
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小は大を兼ねるか?

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コンパティビリティ

小さなクルマの購入を考える時にどうしても頭から離れないのが「万が一ぶつかった時、小さいと危ないかもしれない」という不安です。これは物理の原則なのでどうしようもありません。水は高いところから低いところに流れるが如く、衝突エネルギーは大きいほうから小さいほうに流れます。だから、重く頑丈なクルマが有利なのは当たり前です。小さいクルマの潰れ方がひどいのは、大きなクルマのエネルギーが小さなクルマで吸収された結果なのです。環境に優しい小さなクルマに乗っているほうが、万が一の事故で被害が大きいとは理不尽といえるでしょう。

我が家は昨年スマートを買いました。ESP(ESC=横滑り防止装置)が備わっているので、自損事故(スピンや横転など)の心配はありませんが、大きくて重いクルマにぶつけられた時がちょっと不安です。スマートはエンジンを車体後方に置くことでフロントのクランプルゾーン(Crumple Zone=緩衝)を増やし、前面衝突の乗員保護性能を小型車レベルに高めた秀作ですが、後方からの衝突には弱いかもしれません。ですから、いつも交差点で
止まるときは、前のクルマとの距離を少し空けておいて、バックミラーを見ながら後続車が二台くらい止まる素振りを見せるまで逃げる場所を作っておきます。スマートに乗ってからそんな習慣が身につきました。

ところで皆さんは自動車の安全に関連した「コンパティビリティ」(Compatibility)という言葉を聞いたことがありますか? 1990年代、日本で自動車の衝突安全がようやく法令化されましたが、自動車安全がライフテーマであった私は、日本メーカーの取材だけでは満足できずに、海外メーカーも積極的に取材しました。その時、聞き慣れない新しい安全コンセプトをメルセデス・ベンツで安全技術を担当するインゴ・カリーナさんから聞いた
のです。それが「共生」という意味をもつ「コンパティビリティ」という言葉でした。ぶつかってもお互いにサバイバルするという理想的なコンセプトですが、実現するには非常に難しいクルマ作りが要求されます。

当時、世界の自動車メーカーが一堂に集まって、安全を議論するESV国際会議(Enhanced Safety of Vehicles、自動車安全技術国際会議)で、アメリカは側面衝突、欧州はオフセット衝突をテーマにして研究することが決まっていました。日本は歩行者事故が多いので、歩行者保護がテーマでした。ちょうどその時、メルセデス・ベンツはW210(Eクラス)とスマートを衝突させた「コンパティビリティ」のデモを公開したのです。
「コンパティビリティ」とはクルマの大きさ、重さ、形状、硬さにかかわらず、衝突被害を分担するという高度な自動車設計コンセプトだったのです。

メルセデス・ベンツは全長3m以下のスマートと、全長3.6mのFF小型車Aクラスを1997年頃に市販化しましたが、この二つの小型車を世に出すにあたり、W210のEクラスから「コンパティビリティ」コンセプトで車体を設計したのです。メルセデス・ベンツの安全性を小型車でも実現するには、どうしても「コンパティビリティ」が必要だったのです。

1990年代を思い出しながら「コンパティビリティ」についてさらに考えてみましょう。90年代は安全基準で先行していたアメリカに続いて日本と欧州でも法制化が実施されました。さらにアメリカで制度化していたNCAP(New Car Assessment Programme、新車アセスメントプログラム)や保険協会が独自に行っているIIHS(Insurance Institute for Highway Safety)という新車の安全情報公開が各国の法制化に深く影響しつつありました。
情報公開はユーザーが安全なクルマを選ぶ目安になるし、メーカー(自動車や部品メーカー)も安全技術を開発する促進剤になるといえます。その結果、新型車は年々安全性が向上し、バリアへの衝突テストの成績は急速に高まっていきました。

しかし、ここに衝突安全の「死角」があったのです。各国で行われているテストはフルラップにしろ、オフセットにしろ、バリアに向かってぶつかった時の衝撃や変形を評価しています。このようなテスト評価が進みすぎるとリアルワールドとの整合性が合わなくなると指摘する専門家もいました。前述のインゴ・カリーナさんもその一人でした。
バリアにぶつかるということは、物理学では自分と同じ大きさ、重さ、硬さのクルマと正面衝突することを模擬しています。しかし、現実の事故では同じクルマ同士でぶつかるケースは少ないのです。
衝突安全はエアバッグやシートベルトなどの拘束装置の性能評価、またオフセット衝突でもキャビンの生存空間を評価することができますが、すべて同じクルマ同士の衝突なのです。実際の事故ではかならずクルマの大小がありますから、小さなクルマが大きな被害を被る悲劇を避けて通ることはできないのです。

実際に事故分析を綿密に行うと、クルマの大きさが異なる(厳密には重量、形状、剛性の違い)クルマ同士の事故の方が、乗員の死亡率が高いということが明らかになったのです。日本では大型トラックと軽自動車が混在する地域での死亡事故が多いというデータもありました。
それまで小さなクルマはぶつかったときに被害が大きいのは、やむを得ないと諦めていました。ですから、お金があれば大きくて丈夫な(安全な)クルマに乗りたいという意識は普通の感覚だったでしょう。
この問題を見事に解決してくれる唯一の策が「コンパティビリティ」なのです。それでは小さなクルマはどのようにしてサバイバルするのでしょうか。えは意外に簡単で「小さなクルマほど頑丈なボディが必要で、クランプルゾーンの確保が不可欠」ということでした。また、大きなクルマも小さなクルマを考えて、フロント部分を柔らかく設計し、面で荷重を受ける形状が望ましいとされました。
このように現実の事故実態から目をそむけずに個々のクルマを設計することが重要です。バリア衝突テストの成績を目指した開発では、間違った方向に技術が進んでしまうかもしれません。次回は日本の軽自動車の安全性を考えながらコンパティビリティについて再考したいと思います。


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