2012年5月10日木曜日

【清水和夫メールマガジン】第8号 アーカイブス 2011.4.10

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清水和夫メールマガジン~自動車大航海時代~
2011年4月10日 第8号
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スバルに見る航空機と自動車の相似(後篇)

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前回に続いて富士重工業航空宇宙事業本部の取材について書きたいと思います。

「飛行機が美しいのは無駄がないからです」と熱く語ってくれたのは、富士重工業航空宇宙事業本部宇都宮製作所の星恒憲所長(当時)です。「無駄のないレイアウトがスバル車のコアかもしれない」という竹中恭二社長(当時)の言葉を思い出しました。そのこととクルマがドライバーに操縦の喜びを与えてくれることには、関連があるのではないでしょうか。このあたりの“秘密”を私は知りたいと考えました。

宇都宮製作所はどこか静寂感が漂う工場です。ここには2600人もの人間が働いているのですが、多くのロボットが作業する近代的な設備の工場とは趣を異にします。じっくり観察すると、むしろ職人が黙々とモノ作りに励む、工房という印象でした。

星所長は「航空機産業は先進的なデジタル技術で設計しておりますが、モノ作りの現場は、かなり手作りの感覚です」と語ってくれました。この事業所では防衛庁の航空機のメンテナンスや部品の設計と並行して、ボーイング社の機体の一部を生産していましたが、依然として職人の技が必要なのです。航空機産業にこそ日本人の「器用さ、丁寧さ」が役立つと感じた瞬間でした。

ジャンボ機に活かされる織物の技術

たとえば、ハイテク機ボーイング777にもこだわりと、それを支える職人の存在が認められます。最も驚いたのは777のメインギア(着陸装置)の格納ドアの製作現場でした。航空機にとって軽量化と耐疲労強度を高めることは非常に重要だといいます。設計の現場ではグラム単位で軽量化を考え、場所によってはミクロ単位の精度が要求されます。例えば、777のメインギア格納ドアは、最新技術であるカーボンの複合材で作られていました。カーボンはF1のモノコックボディとしても採用される軽量な素材です。ここでは一枚一枚
のカーボン繊維を幾重にもレイアップ(張り合わせ)され、日本人が昔から得意としている織物の技術が活かされているのです。まるで特注の着物を織る職人のような手さばきで作業が進む光景に私は驚愕しました。わずかな埃が混入しても品質に影響するので、密閉された作業場は大気圧よりも少し高めの気圧が維持されているのです。

ボーイング777の主翼部分には300トンの機体が2Gを受けた荷重、600トンもの力がかかるといいます。複合素材(カーボン)を用いたものとしては当時でも世界最大級のもので、4.6×2.6mほどの大きさがありました。重量はわずかに一枚300kg。主翼は飛行機の構成部品の中でも特に技術力が必要とされる箇所ですが、スバルは主翼メーカーと言われるほど実績をもっています。

カーボンの複合材がレイアップされると、次にオートクレーブ(加圧高温釜)で時間をかけて灼かれることになります。この際重要なのは温度を上げる時も下げる時も均一に温度管理をすることだそうです。航空機技術と自動車技術を較べると、航空機生産には手作り感覚が色濃く残るのに対し、クルマ作りは大量生産技術を推し進めているということです。

曲がるために必要なパワー

そこから導き出されるクルマ作りと飛行機作りの結びつきとはなんでしょうか?

私は取材中、中川良一さんとお会いした時のことを思い出しました。中川さんは中島飛行機の技師でした。ゼロ戦のエンジン開発に携わり、「1000馬力級のエンジンを作ること」に青春のすべてを捧げたかたで、後にプリンス自動車に入り、グロリア、スカイラインなどを開発しました。中川さんの職場仲間だった百瀬晋六さんはスバルに残り、長谷川龍雄さんはトヨタに、そして中村良夫さんはホンダでクルマを作ることになりました。
中川さんの言葉でもっとも印象に残ったのは「航空機の世界には“馬力二乗の法則”というものがあり、エンジン出力を2倍にするなら、機体は4倍の性能を必要とする」とおっしゃったことです。
航空機においてはエンジンのパワーは非常に重要な意味を持っています。高度の上げ下げだけでなく、旋回時には失速するためエンジンパワーが必要です。敵機を追いかけたり逃げる時には、急旋回の性能が必要です。この性能を決めるのは機体とエンジンだといいます。戦闘機の命をかけた空中戦が繰り広げられる時、総合的な運動性能が勝ち負けを決します。激しい運動に耐えうる機体性能が必要なのです。この法則は、そのままクルマにもあてはまりそうです。たとえば高いパフォーマンスを持つスポーツカーほど、「馬力二乗の法則」は重要な意味をもつでしょう。
つまり航空機メーカーであったスバルに脈々と流れる馬力二乗の法則は、現代のスバル車にも受け継がれています。前述の徹底した合理主義と馬力二乗の二つの法則がスバルの源流ともいえる思想なのです。
取材の最後に、航空部門と航空宇宙部門の技術的交流はあるのか、と星さんに尋ねてみました。星さんは「東京都三鷹市の技術研究所で技術部長会議を行い、互いに技術をフィードバックしています」と胸を張って答えました。さらに「航空分野を持つ自動車メーカーと持たない自動車メーカーに差があると思いますか?」という次の質問にも、「もちろんです」と力強く答えました。「航空機は100%予防安全ですから」。航空機のパーツで驚かされたのは、タバコの箱ほどの小さなパーツにも検品をした人間の名前が記される厳格さです。
私はスバルの「何か」がわかったような気がしました。

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